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「鑑定士と顔のない依頼人」~観る人の人生観によって変わる後味の良し悪し(ネタバレあり)

 

初老の目利きの美術品鑑定士が、姿を見せない鑑定依頼人である若い女性に腹を立てながらも翻弄されていく。観る人の人生観によって、後味が変わる映画。
(2013年) おすすめ度★★★★

あらすじ

天才的な審美眼を誇る美術鑑定士ヴァージル・オールドマン(ジェフリー・ラッシュ)は、資産家の両親が遺(のこ)した美術品を査定してほしいという依頼を受ける。屋敷を訪ねるも依頼人の女性クレア(シルヴィア・フークス)は決して姿を現さず不信感を抱くヴァージルだったが、歴史的価値を持つ美術品の一部を見つける。その調査と共に依頼人の身辺を探る彼は……。

シネマトゥデイより

美術品の鑑定士ヴァージル(ジェフリー・ラッシュ)は鑑定士としては一流であるものの、偏屈な上に潔癖症。物言いも遠慮がなく辛辣で、およそ周囲から好かれるような人物ではありません。

潔癖で、物に直接さわることを避けるため常に手袋をしており、自宅には特注の棚にびっしりと様々な手袋が並んでいます。

女性と付き合ったこともなく、他のテーブルはみな談笑する客ばかりのフレンチレストランでも、常に一人。

自宅の隠し部屋の壁一面に、長年かけて集めた数え切れない美人画をかけ、彼女たちを眺める時間だけが至福の時なのです。

その美人画は、ビリー(ドナルド・サザーランド)という男と裏で組んで、自分が競売人を務めるオークションで彼に安く落札させ、自分が手に入れてきたもの。

競売の相棒であるビリーは、自身が画家でありながら鑑定士ヴァージルからは作品を一度も認められたことがありません。ヴァージルのオークションで落札役をし、名品を格安で入手してヴァージルへ渡すことで、彼から報酬を受け取っています。

ある日、クレアという若い女性からの電話で、親の遺産の家具や美術品を売りたいので査定してほしいという依頼を受けるヴァージル。

鑑定に出向くも、いろんな理由をつけて姿を現さないクレア。そんなことが何度も続き、電話でもうこの仕事を降りると激怒するヴァージルですが、そのたびにクレアの謝罪と懇願に負け、鑑定先の屋敷に通うように。

そしてその家の一室に彼女が閉じこもっていて、人と会うのを避けていることを知ります。対人恐怖症のような症状で部屋から出ない彼女に不信感を抱きつつ、彼女のことが気になり始めるヴァージル。

査定を続けるうち、歯車型の古い金属部品をいくつか見つけ、街の腕利き修理技師ロバートのところへ持ち込みます。

それが有名な機械人形作家の作品部品であるとわかり、その部品を入手するためにも、クレアの家の鑑定を続けることに。

クレアとはドア越しに会話ができるようになったものの、それでも決して姿を見せない彼女のことが、次第に気になり始めます。

そして帰ったふりをして隠れ、部屋から出る彼女をついに目にするヴァージル。それは金髪で色白、若く美しい女性だったのでした。

徐々に彼女に惹かれていくヴァージル。しかし老年まで女性と関わらず生きてきた彼は、女性のことが何もわからない。

それで女慣れしている修理技師ロバートのアドバイスを受けつつ、彼女を何とか部屋から外へ出してあげられるよう、方法を探し始めます。

この先はネタバレを含みます。未見の方はご注意ください。




紆余曲折を経てクレアの心を開くヴァージル。

しかしここに至るまでの彼女のツンデレぶりは見事です。ヴァージルが激昂するほど罵ったりしたかと思えば、一転して泣きながら電話して謝る。

そんなふうに突き放しては引き寄せ、を繰り返し、ヴァージルは完全に彼女のペースに翻弄されています。

そしてヴァージルはついにクレアと対面し、そして結ばれます。

生まれて初めて女性と身体を合わせるヴァージル。

そしてクレアを家から外の世界へ連れ出すことにも成功します。彼にとって、これまでにないほどの喜びだったでしょう。

ヴァージルは、彼女との結婚と、競売人を引退する決意をします。そしてクレアを自宅へ案内し、隠し部屋の絵画の女性たちを見せます。

最後のオークションを終え、参加者や関係者から拍手を受けたあと、長年の相棒ビリーからはこう言われます。

「もう組めなくなるのが寂しい 
君が信じてくれたら俺も偉大な画家になれた 
君に絵を送ったよ」と。

クレアとの新たな人生を思い胸を踊らせ、喜びと興奮とともに帰宅したヴァージルでしたが、クレアは姿を消していました。そして隠し部屋を見て愕然とします。

数え切れないほどコレクションした名画がすべて消えていました。

代わりに残されていたのは、クレアの母の若い頃の肖像画だと聞かされた絵画と、ロバートが組み立てた機械人形。

肖像画は、クレアの家で見た時、ヴァージルが「大した絵じゃない」と言ったもの。裏を見ると、そこにはビリーからのメッセージが。

この一連のすべては、ビリーが仕組んだことでした。

広場恐怖症を演じていたクレア、修理技師のロバートも皆、グルだったというわけです。

 

ビリーの目的は?

過去のビリーとの会話で、彼は金銭に執着していないことがわかります。奪った絵の金銭的価値が目的ではないはず。(共犯の仲間にしたロバートとクレアは奪った絵を売って得る報酬目的で加担したのだと思いますが)
 
ではなぜビリーはヴァージルにこのような仕打ちをしたのか。

それは、最後の最後まで自分の才能を認めてもらえず、画家として大成できなかったことに対する復讐でしょう。

過去には「内なる神秘性が欠けてる」とまで言われています。ヴァージルは他人の気持ちを推し量るということをしません。ビリーの画家としての才能についても、思ったことをそのまま言っただけでしょう。

芸術家にとって一番の喜びは、表現することと、そして創造物の芸術性を認められること。報酬とは別の、表現者としての欲求です。

ビリーは結局、ヴァージルから一度も才能を認めてもらえませんでした。それは画家として死亡宣告を受けたに等しく、自分の存在意義と自尊心が粉々にされたことでしょう。

もし、実はビリーが描いたクレアの屋敷の絵をヴァージルが評価していたら、ビリーは計画を中止したでしょうか。

結局その絵もヴァージルは一瞥(いちべつ)しただけで「大した絵じゃない」と瞬時に切り捨てたので、その「もしも」の結果を知ることはできないのですが。

 

ヴァージルは本当に不幸なのか

初老になって初めて恋を知り、幸せの絶頂でそれを失い、長年の相棒にだまされすべてを奪われる。これは相当な衝撃です。

他人に思いやりもなく、不当な手段で絵を安く手に入れるような男だったとしても、思わず同情してしまうレベルの仕打ちです。

ヴァージルは確かに他人への気遣いのない、偏屈な人物です。いえ、途中までそうでした。

でもクレアを愛するようになり、変わっていったことがわかります。

彼女が屋敷から失踪した時の狼狽ぶりや、必死で町中を探しまわる様子は、大切な人を思う、普通の男です。

クレアの屋敷の前でヴァージルが暴漢に襲われて倒れた雨の夜。

屋敷から出られなかったクレアが自分のために必死に家を飛び出し、病院へ運ぼうとしてくれている。

そのことを喜び、口がきけないほど重傷のなかで微笑む姿は、胸に迫るものがあります。彼は老齢となって初めて、人間らしい優しさや人を想う心を持ったのです。

そして、幸せの絶頂からどん底への急展開。

観る人によっては腹を立てるでしょう。
「なんだ、ただの詐欺だったってオチかよ!」と。

確かに、起こった出来事だけを追えば後味の悪いストーリーです。

でも、本当にそれだけでしょうか。

事件後、ヴァージルは伸びたヒゲ、うつろな目で介護施設にいます。車椅子に座り、かつての執事が手紙や雑誌を届けに来てくれますが、無表情なまま。

そして、ヴァージルの回想シーンが始まります。この回想と、現実と思われるシーンが交互にはさまれることで、時系列が曖昧になります。

この時系列の解釈と、観る人の人生観によって、この映画は単純なバッドエンディングではなく、むしろハッピーエンドに近いものにもなり得るのです。

プラハへ行ったのが回想で現状が廃人なら、バッドエンディングと言っていいでしょう。過去の回想と妄想を繰り返しながら孤独の中にいる老人です。

でも、流れた映像のとおりの時系列だったら、彼は以前の美人画を眺めていただけの頃より不幸になったとは思えません。

リハビリをするヴァージル。

プラハに住まいを移し、かつてクレアが話した思い出の店「ナイト&デイ」を訪れます。店は実在したのです。

劇中、「贋作(ニセ物)の中にも真実がある」という会話が何度か出てきます。

ウソで固められたクレアの身の上話にも、本当のことはあった。

身体を重ねた夜のクレアの愛、そして「何があってもあなたを愛する」という彼女の言葉は、ヴァージルにとっては真実なのです。

「ナイト&デイ」で「連れを待っている」と店員に告げるヴァージル。(店の名前が「昼も夜も」というのも、クレアを永遠に待ち続けるヴァージルの思いの象徴でしょうか)
 
これが回想ではなく、最終的に彼がとった行動なら、バッドエンディングとは言えないと思います。(施設にいた時と違い執事がおらず、ヴァージル一人で移住の手配などをしているので、廃人から復活したあとの話だと私は思っています)

失ったものにスポットを当てれば単なる悲劇にすぎませんが、彼が得たものはむしろ失ったものより大きいのではないでしょうか。

本当の恋を知った彼にとって、額縁の中の女性たちに囲まれる空間は、今となってはもう不要でしょう。

誰かを好きになり、大切に想う感情。愛する人の肌のぬくもり。

他には代えがたい思い出であり、甘美な記憶です。恋する感情と情愛の経験を得たことは、ヴァージルの人生観を大きく変えたはずです。

どれほど多くのモノや資産を得たとしても、内なる財産、つまり自分の中に残る幸せな経験や思い出を超える価値はないと、私は思っています。

この作品の原題は「THE BEST OFFER」です。劇中のオークションでも使われているように「最上の出品物」という意味ですが、OFFERの単語の意味としては「提案」「申し出」「差し出す」というものもあります。

首謀者であるビリーから差し出された「最高のもの(クレア)」という意味の皮肉な解釈もできますが、この申し出がなければ、ヴァージルは女性を愛する経験がないまま生涯を終えたでしょう。

もう彼は手袋をしていません。潔癖症も消えたのです。

彼はクレアを部屋から連れ出そうと必死でした。でも結果として、連れ出されたのはヴァージル自身だったのではないでしょうか。額縁の女性を眺めるだけの孤独な部屋から。

愛を知ったヴァージルの今後の人生は、それまでのものと全く違ったものになるでしょう。たとえ二度とクレアと会うことはなくても。

ヴァージルはもう、他者を寄せ付けない人間ではないのですから。

上記で述べていない伏線や謎もたくさんあるので、何度か見直してみると違った解釈が生まれて、味わい深く楽しめる作品だと思います。

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